POETRY

荒地

T・S・エリオット

深瀬基寛訳

Published in 1922|Archived in January 22nd, 2024

Image: Charles Rabot, “On the glacier between Jøkelfjord and Langfjord”, 1881.

EXPLANATORY|SPECIAL NOTE

原文ママ。
エリオットがエピグラフに掲げた『 』内の会話は、ペトロニウスの『サテュリコン』から採られている。
行数そのものの変更はないが、底本に10行ごとに付されていた詩の行数表記は割愛した(『荒地』自註内の記述が若干わかりにくくなった点につき、お詫び申し上げる)。
自註内の字下げは、上げた。

BIBLIOGRAPHY

著者:T・S・エリオット(1888 - 1965)訳者:深瀬基寛
題名:荒地原題:The Waste Land
初出:1922年翻訳初出:1960年
出典:『エリオット全集』中央公論社1960年。95-137ページ)

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『そうなんだ、わしはクーマエで一人の巫女が甕のなかに吊されているのをたしかにこの眼で見たんだから。それで子供たちが「巫女さん、あんたは何がのぞみなの」というと、巫女は「わたしは死にたい」と答えたものだ。』
 

わたしにまさる言葉のたくみ  
エズラ・パウンドのために

Ⅰ 死者の埋葬 The Burial of the Dead

四月はいちばん無情な月
死んだ土地からライラックを育てあげ
記憶と欲望とを混ぜあわし
精のない草木の根元を春の雨で掻きおこす。
冬はわたしたちの体温を保ってくれた
忘れっぽい雪で大地を被い
小さい 生命 いのち をひからびた 球根 で養いながら。
夏はシュンベルガーの湖上をわたって
わたしたちを驚かした。わたしたちは柱廊に立って雨やどりし、
それから のさすなかを通ってホーフ・ガルテンに入り、
それからコーヒ飲んだ、それから一時間ばかりお喋りした。
あたしロシア人だなんてとんでもない、これでもリトゥアニア生れよ、生粋のドイツ種よ。
それで子供のころあたしの 従兄 いとこ の太公のうちに泊っていたら
その従兄が橇にのっけてくれたの。
あたし怖かったわ。その 従兄 いとこ がいうのよ、マリちゃん、
マリちゃん、しっかりつかまっておいでって。それからどっとすべり降りたの。
あの山の中にいると、あそこはとってものんびりするのね。
よる はたいてい本を読み、冬が来ると南へ行くんです。
 
このしがみつく樹の根はなんの根か。この石の
破屑より、枝よ、なんの枝が育つのか。
人の子よ、君は語り得ず、測り得ず。君は知る、
ただうず高き形象の破屑を。
太陽連打し、枯木影を作らず、蟋蟀に慰めなし、
乾涸の石に水の音なし。
この赤い岩の下にはただ影がある。
(この赤い岩の岩蔭に入りたまえ)
御覧に入れたいものがある、
あした に君の背後から大股で歩む君の影でもなく
夕に立ちて君を迎える君の影でもないものを。
御覧に入れたいものがあるーー恐怖を一あく の塵のなかに
     吹く風さわやかに
     吹くよ 故郷 ふるさと
     など帰り来ぬ
     島のわがいとし子
「去年の今夜あなたはじめてヒヤシンス下すったわね、
「みんながあたしのことをヒヤシンス娘なんていいましてね。」
ーーでもわたしたちが夜もふけてヒヤシンスの園から帰ってきたとき
あなたは花を抱き、髪はしっとり露にぬれ、
わたしは語る言葉なく、見る眼にちからなく、
生き心地なく、識と不識のさだめなく、
ただ静寂の底、光の心臓をじっと見つめていたのです。
海は茫漠、お姿も見えませぬ。
ソソストリス夫人はとても名高い千里眼、
たちのよくないお風邪をめしてはいたんだが、それでも
欧洲切っての女学者で通っていて
いかさまなトランプ占いをするそうな。さあ、と夫人がいいました、
これがあんたの卦なのよ、溺死したフェニキアの水夫の札よ。
(ごらんなさい! 在りし日の眼、いまは真珠)
これはベラドンナーー岩地のおんな、
いろんな境涯のおんなというのです。
これが三叉の戟もつ男。これが「車の輪」。
こっちは 片眼 めつかち 商人 あきんど 。それからこの空っぽの札、
これはなにか 商人 あきんど の背負ってるものなんだけど、
あたしは見てはいけないの。
はて「 磔刑 はりつけ の男」がめっからない。土左衛門にお気をつけなさいよ。
ああ見えるーー環になってぐるぐる歩いてるたくさんの人の群。
有難う存じました。もしもエキトーンさんの奥さんにお逢いでしたら、
天宮図はあたし自分でもっていくからっておっしゃって下さいね。
この節はまったく油断がなりませんからねえ。
 
非有の 都市 みやこ
冬の夜明の褐色の霧の下を
ひとの群がロンドン橋の上を流れて行った、夥しい人の数だ、
こんなに夥しい人数を死が亡したとは夢にも知らなかった。
思い出しては短かく息を吐いて
めいめいがその足もとにじっと眼を据えていた。
丘の上に逆流し、キング・ウィリアム街を流れくだり、
聖メァリ・ウルノス寺院の祈りを告げる鐘音が
九つの最後の鐘音を怠儀そうに打ち出している方へ流れて行った。
そこでわたしは見覚えのある男を見つけて呼びとめた。「ステットソン!
「君、ミーラエの海戦で僕と一緒の船に乗ってたね。
「去年君んとこの庭に植えたあの死骸ね、
「あれ、芽が出そうかい?  今年 ことし 花が咲くだろうか?
「それとも不意打の霜で苗床がやられたのかい?
「あ、あの『犬』を近づけちゃだめだよ、あいつは人間の味方だからね。
「また爪先で 死骸 あれ をほじくり返すかもしれんからね。
「君! 偽善家の読者!ーーわが同胞!ーーわが兄弟!」

Ⅱ チェス遊び A Game of Chess

女の坐ってたあの椅子が、磨かれた玉座にまがい
冷い 大理石 いし おもて に燃えていた、姿見ありて
これを支えて柱脚あり、実りの葡萄の蔓に飾られ
葛飾りのあい間から金色のキューピッドが覗いていた
(もひとりは翼のうしろに両眼を隠していた)
七つの枝の 燭台 カンデラブラ の焰が鏡に映えて二倍となり
焰が円卓に光を屈折していた
光を迎えて立ち上る女の宝石がギラリと光り
数々の繻子の小函からザクザクと流れ出し
象牙の薬瓶、色染め壜、
栓を抜いたら潜伏した女の秘薬の合成香
練りやく 、粉ぐすり 、水ぐすり ーー眼突く鼻突く、
匂いの海に溺れるところ、窓の外気でやっとこ息を吹きかえしたが
香薬のやつ、逆上して
すんなり伸びた燭光をまた豚肥えさせ
その煙を格天井に抛げつけて
天井板のせっかくのブン 様を混ぜかえす。
銅板喰ったとってもでっかい海の森が
青緑と橙々色に燃えあがり、色染め石の炉縁にくまどられ、
何と悲しい光だろう、 海豚 いるか の彫像が一匹泳いでいた。
古代色の炉棚の壁の上には
したたる緑の森にポッカリ開かれた窓でもあるかのように
あのウグイスの化身フィロメラの絵姿が懸っていた、
あの蛮人国の王様にあのむごたらしい手ごめにおうたーーそれでも同じ場所にあの
グイスが
とても手ごめにできはしない歌声で満目の荒野を充たしていた
でもこの鳥は泣いていた、でもこの世はいつまでも追っかけてるよ、
垢だらけの耳もとで「ジャグ・ジャグ」。
そればっかりか、ひ萎びた時間の切株が
四つの壁に語られている、ひたむきに眼を張った何やら人の影みたいなものが
身を乗り出したーー危ないーー閉じた部屋のなかが しん 、、 とする。
階段に何やらあわただしい人の音。
炉焰をかぶり、櫛を乗せた女の髪
燃えひろがって情炎の尖端に尖り、
尖端、白熱して人語と化す。やがて兇猛に鎮静せん。
 
「あたしこんやはなんだかへんなの。そうなのよ。いっしょにいてよ。
「なんとかあたしにいってよ。あんたなんにゃべらないのね。なんとかいってよ。
「なにかんがえてるの? なにかんがえて? なァに?
「あんたがなにをかんがえてるのかちっともわかりァしない。かんがえるのよ。」
 
わたしは考える、わたしたちはネズミどもの路地にいて
死んだやつらの骨までが行衛不明になるそうな。
 
「あのものおとはなんでしょう?」
          ドァの下洩る風だろう。
「それ、あのおとはなんでしょう? かぜはなにをしているの?」
          無為 また 無為
                    「あんた
「なんにもしらないの? あんたなんにもみえないの? おもいださないの
「なんにも?」
 
     わたしは憶い出す、
かのひとの、在りし日の眼、いまは真珠。
「あんたいきてるの、しんでるの? あんたのあたまからっぽなの?」
                    だがねーー
おお おお おお おお、シェクスピヒーアまがいのあのぼろっ切れーー
なんと嫻雅の措辞だろう
なんと聡明の理達だろう
「あたし、これからどうするの? どうするの?
「あたし、きのままとびだすの、まちなかをのさばるの、
「さんばらがみの、このざまで。あたしたち、あしたはどうするの?
「あたしたち、これからいったいどうするの?」
              十時にお風呂。
で、もし雨でも降ろうなら、四時にセダンの車としよう。
で、チェスの遊びを一席いかがでしょう。
ふた なしの両眼に手をあてながらドアのノックを待ちましょう。
 
リルの主人が復員したときさ、あたしいったのーー
あけすけにいってやったの、ええ、この口でいってやったの、
時間です どうぞ お早くねがいます
せっかくアルバートが帰るんでしょ、少しは身綺麗にしたらどう。
あのひと、きっと訊くよ、あのひとに貰ったあんたの入歯のお金ね、
あれ、どうしたかって。貰ったじァないの、あたしもいたじァないの。
リル、おめえみんな抜いちまって総入歯にしなって、
いったよ、いったよ、おめえの面なんて見られァしねえって、
あたしもいってやった、あたしも至極同感だって、それに少しはアルバートの身にもなっておやりって、
四年も兵隊にいたんだから、いいめもしたいだろうしさ、
あたしいってやった、あんたが、あれ、いやなんなら、代りはいくらもおりますよって。
ヘエー、おるの、とリルがいうのよ。そんなものよ、とあたしいったよ。
リルがいったよ、ーーお礼いう人、探してやるわ、ーーそういって、あのひとあたしをキッと睨むじァないの。
時間です どうぞ お早くねがいます
あれ、いやなら、あれでいけるじァないの、
あんたぐずぐずしていると、代りはいくらもいるといってやった。
だけどアルバートが逐電したあとでいくらさわいだってあたしァしらないよ、
あたしいったの、あんた恥しうないの、そんなに老けちゃって。
とし だってまだ三十越したばかりなのに。)
だって仕方ないわ、とあのひといって、
うまく収めるつもりでお薬飲んだせいよ、と渋っつら さげて、いうんじゃないの。
(もう五人も出来たんだし、末っ子のジョージのときは危なかった。)
薬種屋さんは大丈夫といってくれたのに、あれから調子がよくないの。
あなた ほんとの 、、、、 、おばかさんね、とあたしいってやったの。
ね、アルバートがあんたを っとかないなら、そこじゃないの、
子供が欲しないのにさ、結婚するおばかさんがどこにあるの?
時間です どうぞ お早くねがいます
そうそう、アルバートが帰ったあの日曜日、二人であぶりたてのベーコン食べててね、
あたしも御馳走によばれてね、大熱々のところを戴いたっけーー
時間です どうぞ お早くねがいます
時間です どうぞ お早くねがいます
さいなら、ビルさん。さいなら、ルーさん。さいなら、メイさん。さいなら。
タッタッ。さいなら。さいなら。
左様なら、御婦人方、左様なら、奥様方、左様なら、左様なら。

Ⅲ 劫火の説教 The Fire Sermon

河畔の 帷握 テント は破られた、名残りの樹の葉の指先が
湿った土手にしがみつき、やがてのめり込む。風は
満目朽葉の野っ原を吹き渡った、聴き手がない。森の 仙女 にんふ の影も消えた。 
麗しのテムズの流れよ、軟かに歩みたまえ、わが歌の尽くるまで。
水面には、空瓶もサンドウィッチの包紙も
絹ハンカチもボール箱もシガレットの吸殻も
夏の夜をしのぶ名残りの品も泛んでいない。 森の 仙女 にんふ の影も消えた。
ニンフの遊び仲間ののらくらもの、まち のお偉方の御曹子たちも
宛名の一つも残さずに立ち去った。
われ、レマン湖のほとりに坐して泣きぬれ……
麗しのテムズよ、軟かに歩みたまえ、わが歌の尽くるまで、
わしのテムズよ、軟かに歩みたまえ、わが歌声は高からず長くもなければ。
だが、わたしはわたしの背中で、つめたい突風のなかで聞く
ガラガラ声の骸骨と耳から耳に拡がるほくそ笑みを。
ねずみ一匹、くさむら をこそっと這いぬけた
ぬらぬらしたお腹を土手の上にひきずりながら
ところでわたしはとある冬の日の夕方
ガス・タンクの裏手へ廻った泥くさい運河で釣をしていた、
難破したわたしの兄分の王様のこと
そのまた前の父王の死について思いをこらしながら。
死体はじめじめした湿地の地面に裸で漂白され、
骨はひからびた低い屋根裏の小部屋に打っちゃられ、
来る年も来る年も鼠の跫音がガラガラで子守りするばかり。
だが、わたしはわたしの背中で来る時も来る時も
警笛とモーターの爆音を聞くんです、
春がくるとこの 自動車 くるま がポーター夫人のお宅までスウィーニイを運びます。
おお、月は る、あかあかと
ポーター夫人とお嬢さま
炭酸水で足の行水なさいます。 おお、
円天井のなかで合唱する少年聖歌隊の歌声よ!
 
トウィット トウィット トウィット
ジャグ ジャグ ジャグ ジャグ ジャグ ジャグ
なんと酷たらしい手ごめにおうて
テリュー
 
非有の 都市 みやこ
冬の真昼の褐色の霧の下で
スミルナの商人ユーゲニデス氏
赤ひげ伸し、ポケットいっぱい乾葡萄を突っこんで
ロンドン渡し、運賃保険料ごみ、一覧表手形を所持していたが
げすっぽいフランス語でわたしに話しかけ
カノン・ストリート・ホテルの午餐に呼んでくれ
ついでのことに週末はメトロポールでやろうといった。
すみれ色の時刻、人の眼と背中とが
机を離れて空をむき、人間のエンジンが
胸の動悸打ちやまず、タクシーみたいに待機するとき、
このわたしティレシアス、盲目ながら二つの性のあいだを動悸して、
ひ萎びた女の乳房をもった老人、このわたしには見えまする、
すみれ色の時刻、夕の時刻がつかれた足を家路へはこび、
船人をわだつみの原よりはこび、
タイピストをお茶時に連れてきて、彼女は朝食の食卓を片付けて
ストーヴに火をとぼし、罐詰の食料品を繰りひろげる。
危なげに窓からのさばり出た
干しもののコンビネーションは名残の夕焼に染められて、
寝椅子のうえには(夜はベッドの代用品)
ストッキング、スリッパ、ジャケツ、コルセットが堆まれている。
ひ萎びた乳房の老人、このわたしティレシアスは
この情景を見てとった、あとはいわなくとも知れたことーー
わたしだって、お待ちかねのお客さまの御到来を待っていたのさ。
いよいよ彼氏の御到来、あか 玉なすにきびの青年で
ちっぽけな家屋周旋屋、むいた眼玉がじろりと坐り
ブラッドフォードの成金さんの頭に坐ったシルクハットさながらに
自信があぐらをかいている連中のお仲間だ。
思うらく、時刻はいまや至れりと、
食事はすんだし、女は退屈してる、疲れてる、
それそろ愛撫の手を伸ばしてみるが
女は別に気乗りもしないが、たしなめる様子も見えぬ。
つら ほてらして、腹を据え、総攻撃と出てみると
まさぐる両手は抵抗感に遭遇せぬ。
男の意地は反応の有無を要せず、
つれ ない女の素振りはもっけの幸い。
(ところでこのわたしティレシアスは同じこの長椅子、そく 、ベッドのうえの
演戯なんかなにもかも経験ずみだ、そのはずだ、
テーベ市外の城壁の根元に坐り
雑兵の死体のあいだを潜ってきたこのわたしなのだ。)
旦那気取りのお名残りの接吻をお授けあって、
手さぐりで歩いてゆくと、なんだ、階段にあかり がない……
女はふりかえってちらと鏡をのぞいてみる
立ち去った恋人のことはもう頭にない、
女の脳髄は半出来の思想がひとりまえやっと通れる
「まァこれであれもどうにかすんだ、ほっとした」
美しい麗人が痴行に身を落し、それから
自分の部屋を再び独りぼっちで歩き廻るとなると、
自動装置の片手で髪を撫でつけて
蓄音機にレコードをかけるのだ。
 
「この音楽は波に乗りわが傍を這い」
ストランドを通り、ヴィクトリア女王街を登っていった。
おお シティよ、シティよ、わたしは時折
漁夫たちの昼時のたまり場の
下テムズ街の或る酒場のそばで
すすり泣くようなマンドリンの愉しい音や
なかから聞えてくる騒々しい談笑の声を聞くことがある
マグナス・マーター教会の壁がイオニア式の白と黄金の
たとえようもない壮麗さを保っている。
 
     河は汗かく
     油とタール
      荷舟 はしけ は漂う
     潮は干る
     まっ赤な帆布
     ひろびろ
     風下へ、重たい檣のうえにゆれ。
      荷舟 はしけ は洗う
     漂う丸太
     グリニッチ河口を流れ下って
     アイル・オヴ・ドッグズを見て過ぎる。
               ウェイアララ レィア
               ウォララ レィアララ
 
     エリザベスさまとレスター殿
     波をうつ橈
     艫の姿
     金色の貝
     赤と黄金
     泡立つ大波
     岸辺の小波
     西南風に乗せられて
     流れゆく
     鐘の音
     まっ白い塔、塔、塔
               ウェイアララ レィア
               ウォララ レィアララ
 
     「電車とほこり まみれの樹、樹、樹。
     ハイベリはあたしを生みました。リッチモンドとキュウの両攻めで
     あたしは駄目になりました。リッチモンドであたしは膝を立て、
     せまい丸太の舟底で仰向けになりました。」
 
     「あたしの足はムアゲートに立ち、あたしの心臓は
     両足の下にございます。あのことがあってから
     あの方は泣きました。『新出発』を契ってくれました。
     あたしはなんにもいわなかった。あたしがなにを怨みましょう?」
     
     「マーゲートの海浜で。
     あたしはなにを
     なにに結びつけようもございません。
     汚ない両手の裂けた爪さき。
     みなさま なんにも御期待なさらない
     こころのまずしいみなさま。」
          ラ ラ
 
     それからわたしはカルタゴに来た
     燃える 燃える 燃える 燃える
     おお 主よ 主はわれを抜きとりたもう
     おお 主よ 主はわれを抜きとりたもう
 
     燃える

Ⅳ 水死 Death by Water

フェニキアびとフレバスは死んで二週間、
かもめ の鳴声も深海の波のうねりも
利得も損失もみんな忘れてしまった。
               海底の潮の流れが
ささやきながらその骨を拾った。浮きつ沈みつ
よわい と若さのさまざまの段階を通り過ぎ
やがて渦巻にまき込まれた。
               ユダヤひと よ異教徒よ
舵をとり風上に眼をやる君よ、
フレバスの身の上を思いたまえ、彼もむかしは君と同じ五尺の美男であったことを。
 

Ⅴ 雷の曰く What Thunder Said

汗ばむ顔と顔に松明の赭く映え
園また園に沈黙の霜のおき
石多き処に死ぬばかり苦しみありてより
ある人の叫喚とかの泣き声と
牢獄と宮殿と、回春の雷
遙かなる 山脈 やまなみ にとどろきてより
生命 いのち ありものもいまは亡く
生命ありしわれらいまは死にゆく
一筋の忍耐にすがりて
 
ここは水なくただ岩あるのみ
岩ありて水なく砂の道のみ
この道は山の背をうねりゆく砂の道
この山は岩のみありて水なき山
水あらばわれら停りて飲まんものを
われら岩の中にては停り得ず考うあたわず
汗は乾き脚は砂中に埋まり
岩の中によし水ありとも
腐蝕せる歯根の死の山の口、唾はくあたわず
ここに立つあたわず臥すあたわず坐すあたわず
山にありて静寂さえもなく
乾ける不毛の雷鳴に雨なく
山にありて孤独さえもなく
ひび割れし 泥壁 どろかべ の家の戸口より
赭き憂憤の顔と顔、嘲り唸るあり
                  もし水ありて
  岩なきことあらばーー
  もし岩ありて
  水またあらば
  そも水
  泉
  岩のなかなる水溜りーー
  ただ水音のみにてもあらばーー
  蝉にも非ず
  枯草の歌にも非ず
  隠者つぐみ の松林に鳴くところ
  ただ岩わたる水音のしたたりあらば
  ポッ ポトッ ポツ ポトッ ポトッ ポトッ ポトッ
 されど一粒の水もあることなし
 
いつも君と並んで歩いてる第三の人は誰だい?
数えてみると君と僕しかいないはずなのに
首をあげてまっ白い路の行くさきを見渡すと
いつでも誰かもうひとり君と並んで歩いてる
鳶色のマントに身をくるみ滑るように歩いてる
頭巾をかぶり男か女かもわからない
それ、君のそっち側にいるやつは誰だい?
 
高いあの空にきこえるあの音は何だろう
母なる人の愁のつぶやき声だろう
果てしない平原に群がりあふれ
大地の亀裂につまずきながら歩いてゆくあの覆面の大群は何だろう
平べったい地平線だけに隈どられ
山の彼方のあの都市は何だろう
紫蘭の大気のなかに亀裂し改革し炸裂する
塔が墜ちる、墜ちる、塔、塔、塔、
エルサレム アテネ アレキサンドリア
ヴィエンナ ロンドン
非有なる
 
女は長い黒髪をぴんと締め
その髪を糸にしてかぼそい音を掻き鳴らし
赤ん坊づら の蝙蝠は
紫蘭の光のなかで口笛吹き
羽搏きながら暗がりの壁をさかしまに這い降りて
たくさんの塔は虚空のなかに錯倒し
祈りを告げた鐘音はただ追憶の鐘
歌声はからっぽの水溜りと汲み干した井戸のなかから聞えてくる。
 
山のなかなる荒れ果てたこの谷間
礼拝堂 チヤペル のあたりに転ったたくさんの墓石のうえ
かすかな月の明りのなかに草が唱歌をうたっている
からっぽの 礼拝堂 チヤペル があるばかり、から風の住家があるばかり。
一つも窓がない、扉がゆれる、
干ぼしの骨はもう誰の毒にもならぬ。
雄鶏一羽棟桁のうえにとまって歌っている
コ コ リコ コ コ リコ
ピカと光った稲妻のなかに。すると湿った風がさっと来て
雨になる
ガンジス河の水が落ち、うなだれた樹々の葉が
雨を待つ、黒い雲がはるかに遠く
ヒマラヤのかなたに集まっていた。
密林はなんにもいわず背をまげて蹲っていた。
すると雷の曰く

与えよ ダツタ ーーわたしたちは何を与えてきたのだろう?
友よ、血潮はわが心臓を打ちゆすり
かの畏るべき果断、一瞬の挺身
不惑の千歳も遂に撤回し能わざるーー
ただ是により、是によりわれらは生存し来りしもの
われらのどんな過去帳にも
慈悲の蜘蛛糸に包まれたどんな形見にも
またからっぽの室内でひょろ長い弁護士が封を切る
どんな遺言状にも見つからないものが是なのだ

共感せよ ダーヤズヴアム ーーわたしはいつの日だったか
扉に鍵の廻る音を聞いていた、それもただの一回の鍵音を
わたしたちはみんなおのが独房にいて鍵のことばかり思っている
みんな日が暮れて、やっと一つの牢獄を確認する
虚空の物音が聞えてくると
破れた一人のコリオレーナスの思い出がふとよみがえる

自制せよ ダムヤータ ーー舟は気がるに応答した
帆布と橈に慣れきった漕手の腕に操られ
海は平穏、君の心臓も召さるるままに
漕手の腕に任せていたら
何とか返事ができたのに
 
               わたしは岸辺に腰をおろして
魚を釣る、乾からびた平野に背をむけて
せめてわたしの国土でも整理しようか
ロンドン橋がおっこちるおっこちるおっこちる
「かくて彼、浄火のなかに飛び入りぬ」
「いつの日かわれ燕のごとくならむ」ーーおお、燕よ燕よ
「王子アキテーヌは廃墟の塔にあり」
こんな切れっぱしでわたしはわたしの崩壊を支えてきた
ではあなたのおおせに従いましょう。ヒーロニモウがまた気がふれた。
与えよ ダツタ 共感せよ ダーヤズヴアム 自制せよ ダムヤータ
      平安 シヤンテイ   平安 シヤンテイ   平安 シヤンテイ

『荒地』自註

この詩は、その題名はもとより、さらにこの腹案からこれに附随する多くの象徴にいたるまで、「聖杯伝説」に関するジェシイ・L・ウェストン女史の著書『祭祀よりロマンスへ』(ケㇺブリッジ)から示唆をうけてできたものである。事実わたしがこの本のおかげを蒙ったことはひじょうなもので、この詩のいろんな解りにくい点は、わたしの自註などよりも、このウェストン女史の本を読む方が、ずっとよくわかるのではないかと思われるくらいである。だからわたしは、(この本自体がひじょうに面白いということとは別に)このような詩でも、なんとか理解してみようとお考えのかたには、この本をおすすめする次第なのである。またいまひとつ、わたしが一般的に負うところのあった人類学の書物があるが、それはわれわれの世代のものが、ずいぶんと深い影響をうけている例の『金枝篇』なのであって、そのなかでも、とくにわたしの利用させてもらったのは、二巻にわたる『アドーニス、アティス、オシリス』である。このような本をよく御存じのかたならば、この詩のなかの或る個所で植物祭にふれてあるところを読まれたら、だれでもすぐそれとおわかりのことであろう。
 
一 死者の埋葬
 
二〇行 エゼキエル書第二章一節参照。
二三行 伝道の書第十二章五節参照。
三一行 『トリスタンとイゾルデ』第一幕、五ー八行。
四二行 同第三幕、二四行。
四六行 「タロウ・カード」にどういう札があるか、わたしは正確には知らないが、ここではこの詩にうまくあてはまるように勝手につかっておいたので、もちろんもととはちが ったものになっているだろう。「 磔刑 はりつけ の男」は、もともとこのカードのなかにある札だが、これはわたしの場合、ふたとおりの役に立っている。つまりひとつには、これがフレイザーの「絞殺された神」をわたしに連想させるからであり、いまひとつには、この詩の第五部のエマオへゆく弟子たちを描いた一節に出てくる「頭巾をかぶった」人の姿が、やはりこれから連想されるからである。「フェニキアの水夫」と「商人」はあとでまた出る。「たくさんの人の群」もそうだ。そして「水死」の方は、現に第四部で実現する。「三叉の戟もつ男」からは(これもちゃんと「タロウ・カード」のなかにある札だ)、まったく勝手なはなしだが、わたしはあの「漁夫王」までも連想しているのである。
六〇行 ボォドレェルのーー
「群衆のひしめく都府よ、幻想に充ち満てる都府、
ここ、 妖怪 あやかし は白昼に、道ゆく人の袖をひく」
参照。
六三行 『神曲』地獄篇第三曲、五五ー五七行ーー
「長き列を成して歩める民ありき、死がかく多くの者を滅ぼすにいたらんとはわが思はざりしところなりしを」
参照。
六四行 『神曲』地獄篇第四曲、二五ー二七行ーー
「耳にてはかるに、こゝにはとこしへのそら をふるはす 大息 ためいき のほか 嘆声 なげき なし」
参照。
六八行 こういった現象には、わたしはしばしば出くわしている。
七四行 ウェブスタの『白鬼』のなかにある「葬送歌」参照。
七六行 ボォドレェル『悪の華』序詞参照。
 
二 チェス遊び
 
七七行 『アントニィとクレオパトラ』第二幕二場一九〇行参照。
九二行 「格天井」ーーこれには『アェネーイス』第一巻七二六行ーー
「晃晃たる燈火は黄金の 格天井 、、、 より垂れ下り、燃えさかるかがり火は夜の陰をも止めず」
参照。
九八行 「緑の森」ーーミルトン『失楽園』第四巻一四〇行参照。
九九行 オウィディウス『メタモルフォーセス』第六章「フィロメラ」を見よ。
一〇〇行 第三部二〇四行参照。
一一五行 第三部一九五行参照。
一一八行 ウェブスタの
「かの戸口には、なお風ありや」
参照。
一二六行 第一部三七行および四八行参照。
一三八行 ミドルトンの悲劇『婦人は婦人に御用心』の中の「チェス遊び」参照。
 
三 劫火の説教
 
一七六行 スペンサ『祝婚歌』参照。
一九二行 『あらし』第一幕二場参照。
一九六行 マーヴェル『こころ臆せる恋人に』参照。
一九七行 デイ『蜂の会議』のなかのーー
「すると、耳かたむけている人に、
にわかに猟の角笛の音が聞えてくる。
泉につかるダイアナヘアクティオンをつれてゆく音だ。
あのダイアナのあらわな肌がだれにでもおがめる泉へと。」
参照。
一九九行 ここの数行は、オーストラリアのシドニィの人から聞いた或るバラッドからとったものだが、それにどういう由来があるかわたしは知らない。
二〇二行 ヴェルレーヌ『パルシファル』参照。
二一〇行 乾葡萄は、「ロンドンまで運賃、保険料なし」の値で相場がつけられ、船荷証券などは、一覧払為替手形の支払のとき買手に手渡すようになっていた。
二一八行 ティレシアスは、たんなる傍観者にすぎず、またもちろん「登場人物」でもないのだが、やはりこの詩のなかではいちばん重要な人物である。つまりこれが、他のすべての人物を結びあわしているからである。あの乾葡萄売りの「めっからの商人」が「フェニキアの水夫」のなかに融け込んでしまい、またこの「フェニキアの水夫」がナポリの公爵ファーディナンドともはっきり区別することのできないように、この詩に出てくるどの女も、すべてひとりの女とみることができ、しかもこの両性が、テシアスのなかで合体しているわけなのである。事実ティレシアスの 見る 、、 ものがこの詩の実体にほかならない。つぎにオウィディウスからティレシアスに関する全文を引用しておくが、これは人類学的にきわめて興味深いものであるーー
「……(はなしによると、あるときジョーヴの神がネクター に酔い…)ジューノの神をからかって、『男の味わうよろこびにくらべたら、あんたがた女の方がうんといいことはたしかだよ』といったことがあった。女神はそんなことはないと否定した。そこでもの知りのティレシアスに聞いてみたらよかろうということで二人のあいだに話しあいがついた。ティレシアスは男女両性のいずれのよろこびをも知っていたからである。どうして知っていたかというと、あるとき彼は緑の森で、交合している二匹の大きい蛇を乱暴にも棒でなぐったことがあったが、(不思議なことに)彼は男から女に変り、それが七年もつづいたのであった。八年目に彼はまたおなじ蛇に出くわしたので、『おまえたちをなぐると、なぐったものの性の変る力が出てくるようだから、もう一度なぐってみてやろう』といってこの蛇を打つと、もとの男の身体にもどり、生れついたとおりの姿になった。こうしてこのふざけた 口論 いさかい のさばき役をおおせつかったティレシアスは、ジョーヴの神の言葉に味方したのである。はなしによると、ジューノの神は、こんなことを、いわれなく必要以上に苦にしたということで、このさばき役たるティレシアスを一生めくらにしてしまった。しかしこの全能のジョーヴの神は(どんな神でも他の神のしたことを取り消すわけにはゆかぬので)めくらになったうめ合せに、彼に未来を予知する力をさずけ、この栄誉によって刑罰の軽減をしたのであった。」
二二一行 これはサッポーの詩をそのまま正確に引用しているとは見えないかもしれないが、このときわたしの念頭にあったのは、日暮れに帰ってくる「近海」漁夫や「ドーリ舟」漁夫のことであった。
二五三行 ゴゥルドスミス『ウェークフィールドの牧師』中の歌謡にある。
二五七行 『あらし』、まえとおなじところ。
二六四行 聖マグナス・マーター教会の内部は、わたしの考えでは、レンの建造にかかる寺院の内部のうち、もっとも美しいもののひとつである。『旧市内十九ヵ教会の取毀し計画』(P・S・キング社出版)参照。
二六六行 テムズ娘(三人)の歌はここから始まる。二九二行から三〇六行(これを含む)まで、三人がかわるがわる歌う。ヴァグナー『神々の黄昏』第三幕一場「ライン娘」参照。
二七九行 フルード著『エリザベス』第一巻第四章、「スペイン王フィリップに宛てたデ・クァドラの手紙」ーー
「午後われわれは屋形船にのって、水上の競技を見物しておりました。(女王は)船尾で、ロバート卿とこのわたしとだけいるところに一緒におられましたが、やがて冗談ばなしが始まりますと、しまいにはロバート卿は、わたしがその場にいあわせておりますのに、女王の方でその思召があるなら、二人が結婚していけない理由などひとつもないなどとまで申されました。」
参照。
二九三行 『神曲』煉獄篇第五曲一三三行ーー
「われピーアを憶へ、シェーナ我を造りマレムマ我をこぼ てるなり。」
参照。
三〇七行 聖アウグスティヌスの『告白』中の言葉「それからわたしはカルタゴに来た。すると恥ずべき色欲の大釜が、いたるところわたしの耳もとで、ふつふつと音を立てていた。」参照。
三〇八行 ここの言葉は、仏陀の「劫火の説教」(これはキリストの「山上の垂訓」に比すべき重要なもの)からとったものだが、その全文の訳は、故ヘンリ・クラーク・ウォレン氏の『英訳仏典』(ハーヴァード東洋双書)を参照されたい。ウォレン氏は、西欧における仏教研究の偉大な先達のひとりであった。
三〇九行 これまた聖アウグスティヌスの『告白』からとったもの。この第三部の最後を飾るものとして、このように東西両洋の禁欲主義の二人の代表者の言葉がならんだということは、けっして偶然ではないのである。
 
五 雷の曰く
 
第五部の最初の部分では、三つのテーマが取りあげてある。エマオへの旅、「危険の聖堂」(ウェストン女史の著書参照)への接近、および東ヨーロッパの現在の頽廃がそれである。
三五七行 これは Turdus aonalaschkae pallasii という(北米産の)ツグミの一種で、わたしはその鳴声をケベックで聞いたことがある。チャップマンはこんなふうにいっているーー「この鳥は、たいてい、人里はなれた森や、茂みのある僻地に棲息している。……その鳴き声は、別に変化に富んでいるわけでもなく、音量がゆたかなわけでもないが、そのすんだ美しい音色と絶妙な転調にかけては天下一品である。」(『北東アメリカの鳥類便覧』)その「水の滴るにも似た鳴声」が有名なのもむりはない。
三六〇行 これからあとの数行は、ある南極探検の記事から思いついて書いたもの。(いまはそれがどれだったか思い出せないが、たしかシャクルトンのだったと思う。)その記事には、探検隊の一行が極度に疲労してくると、実際の人数より ひとりだけよけいいる 、、、、、、、、、、 ような妄想をたえず受けるものだということが書いてあった。
三六六ー七六行 ヘルマンヘッセ『渾沌への一瞥』のつぎの一節参照。
「欧洲の半分は、すくなくとも東欧洲の半分は、すでに渾沌への道を歩んでいる。聖なる妄想に酔い、奈落のふちを歩きながら、なおかつ歌っている。ドミトリ・カラマーゾフが歌ったように、酔って讃美歌を歌っている。この歌を、ブルジョアは侮辱を感じて嘲笑し、聖者や予言者は涙を流して聞いている。」
四〇一行 「ダッタ、ダーヤズヴァム、ダムヤータ」(与えよ、共感せよ、自制せよ)。この「雷」の言葉の真意が語られている寓話は、『ウパニシャッド』五ノ一「ブリハダラニヤカ」のなかにある。翻訳の方は、ドイッセンの『ヴェーダのウパニシャッド六十篇』四八九頁にある。
四〇七行 ウェブスタ『白鬼』第五幕六場ーー
           「……うじ虫が、
おまえの屍を喰いやぶらぬうちに、
蜘蛛がおまえの墓碑銘にうすい引き幕を張らぬうち、
二人は結婚するだろう……」
四一二行 『神曲』地獄篇第三十三曲四六行ーー
「この時おそろしき塔の下なる戸に釘打つ音きこえぬ。」
参照。
またF・H・ブラッドレィは、『仮象と実在』の三四六頁でこういっているーー
「わたしの外部的な感覚も、このわたしにとっては、わたしの思想もしくは感情とすこしもかわらず個人的なものだ。このいずれの場合でも、わたしの経験したことは、すべてわたし自身の圏内に、つまり外部の閉されたひとつの圏内に、含まれる。したがって、このようなどの領域も、たとえそれぞれがおなじ成分からできていても、それをとり巻く他の領域に対しては、すべて不透明体となるのである。……要するに、この世界全体が、ひとりの人間の魂のなかにあらわれる一個の存在と見なしうるかぎり、それは各人にとって、その魂に独特な個人的なものとなるわけである。」
四二四行 ウェストン著『祭祀よりロマンスへ』の「漁夫王」の章参照。
四二七行 『神曲』煉獄篇第二十六曲一四八行(以下四行)
「『このきざはし の頂まで汝を導く 権能 ちから をさして
いまわれ汝に請ふ、
時到らばわが 苦患 なやみ おも へ。』
かくいひ終りてかれらを浄むる火のなかにかくれぬ。」
参照。
四二八行 『ヴィーナス前夜祭』。その第二部および第三部にあるフィロメラのはなし参照。
四二九行 ジェラール・ド・ネルヴァールのソネット『廃嫡者』参照。
四三一行 キッド『スペイン悲劇』参照。
四三三行 シャンティ。あるウパニシャッドの終りにつけられているおきまりの結びの言葉で、こことおなじようにくりかえしてある。これは英語でいえば、さしずめ、あの「すべ て人のおもい にすぐる(神の)平安」(ピリピ書第四章七節ーー訳者)に相当する言葉である。